1999-2000 初めての海外旅行(タイ・バンコク)

公開日:  最終更新日:2014/10/22

CONTAX167MTで撮影した写真のネガをデジタルデータ化したので、回想録として。初めのタイ・インドはひたすら腹を壊し、写真を撮る心の余裕も無かったので、写真は3カ国目のネパールから。

私と同じ様にかつて東南アジアを旅行された方、またはこれから行こうと思っている方、そして私の家族や知人の皆に楽しんで頂ければ嬉しいです。

私の放浪歴

1993年に自転車で北海道を旅行して以来、すっかりその魅力に取り憑かれて、2002年に嫁さんとバリ島で知り合うまで、ずっと国内をウロウロ放浪していました。

転機はバイク事故

1994年21歳の秋、北海道でバイクの大事故を起こし、1年間歩けない経験をしてからは、今こうして生きているのは奇跡的な事で人なんていつ死んでもおかしくない存在なのだから、やりたい事は思う存分してやろうと考えて、それからは春~秋はバイクや車で全国を放浪(夏場の2ヶ月は北海道でアルバイト)、冬の数ヶ月は地元でアルバイトして翌年の春に備える、という暮らしを続けていました。

20代後半になり、周りの旅仲間は就職や結婚で放浪生活に終止符を打ち、たまに会えば『現役(相変わらずブラブラしている身)はお前くらいだな!』と言われ、国内のある程度決まった場所を毎年行く事にも少し飽きてきた頃(逆に同じ場所に行くのが大好きな人達も沢山見て、オレはこうなりたくは無いなと強く思った)、30歳までにはこんな放浪生活も止めよう、なら今度は海外へ行ってみよう、と。

そう思ったらすぐにパスポートを取得、ビーマンバングラディシュ航空の安いチケットを購入してバンコクへ。

そして始まった初の海外バックパック旅

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東南アジア旅行の拠点として世界中のバックパッカーが集まるカオサンロードへ。少し離れたチャオプラヤー川そばのゲストハウスに泊まりながら、インド大使館で半年の観光ビザを取得して、当時日本人御用達だったMPツアーでインド・カルカッタ行きの片道チケットを購入。

インドのビザが発給されるまで、カオサンをウロウロしたり、バスに乗って街へ出てみたりの日々。初めて見る海外のお金はまるで人生ゲームで使うおもちゃみたい。

パクチーの洗礼

タイ料理といえば『トムヤムクン』しか知らない私、さっそく食堂で頼んで一口目を口に入れた途端に強烈な『カメ虫』の味が!

この1年前、北海道は美瑛の旅仲間が借りていた家賃5千円の一軒家で、キムチ鍋に落下したカメ虫を知らずに『ガリッ』と噛んだ私は、トムヤムクンを食べた時にそのトラウマとも言うべき衝撃が脳天にズゴーン!と来たのだった。

げ!カメ虫また噛んだ!と思ったけど、何も見えない。しばらく丹念に探すも、そこにあるのは野菜と汁だけ。

で、ひとつずつ匂いを確かめて、最終的に緑の葉が犯人と断定。店員さんにこれなんですかと聞くと『パクチー』と言う。

それ以来、ずっと屋台や食堂では注文時に『ノーパクチー』と言うのが決まり文句に。

殆どのタイ料理にはパクチーが入っているので、自然と食べるものは偶然知ったイスラエル料理に。

すでに屋台のレバー串で腹を壊していたけど、ここで沈没(どこにも移動せずに停滞している旅行者の事)するのも嫌なので、リンゴだけ食べながらカルカッタへGO!!

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